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2013年8月15日 (木)

左から見れば退歩だが

右から見れば進歩です。ついでに、過去から見たら退歩ですが未来から見たら進歩です。一気に歩を進めることは不可能ですが、一歩ずつ進んで欲しいです。

 

68回目の終戦記念日を迎えた15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で開かれた。天皇、皇后両陛下と安倍晋三首相、遺族らが参列。戦争の犠牲となった約310万人(軍人・軍属約230万人、民間人約80万人)の冥福を祈り、改めて平和を誓った。安倍首相は式辞で、近年の歴代首相が表明していたアジア諸国に対する損害や反省などに言及しなかった。
 式典は正午前に開始。式辞で安倍首相は、2007年に自身も使った「アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与え、深い反省と哀悼の意を表する」という表現を用いなかった。近年の首相が使っていた「不戦の誓い」にも触れなかった。
 近隣諸国に対しては1993年、細川護煕首相(当時)が初めて式辞で哀悼の意を表明して以来、歴代首相が「損害と苦痛」や「深い反省」に言及してきた。
 安倍首相は一方で、「わが国は世界をより良い場に変えるため、戦後間もない頃から、各国・各地域に支援の手を差し伸べてきた」と述べ、「世界の恒久平和に、あたう限り貢献し、万人が心豊かに暮らせる世を実現するよう、全力を尽くす」と訴えた。
 戦没者に対しては「あなた方の犠牲の上に、私たちが享受する平和と繁栄があることを、片時たりとも忘れません」と追悼。その上で「歴史に対して謙虚に向き合い、学ぶべき教訓を深く胸に刻みつつ、希望に満ちた国の未来を切り開く」とした。

歴史には連続性があるので、急激な変化は望めません。

国際関係には相手が居るので、急激な改善も望めません。しかし隙を見せれば一気に詰め寄られます。

細川首相は、気の利いたことを言ったのかも知れないけれど、言ってしまったばかりに中朝韓から「謝罪と賠償を」と迫られ、毎年反省するのが当たり前とされてしまいました。そればかりか、「土下座しろ」「千年忘れない」と、向こうはエスカレートしています。

やはり、「深い反省」は、心に留めておくべきでした。

気の利いたことと言えば、今回の安倍首相の、

「わが国は世界をより良い場に変えるため、戦後間もない頃から、各国・各地域に支援の手を差し伸べてきた」と述べ、「世界の恒久平和に、あたう限り貢献し、万人が心豊かに暮らせる世を実現するよう、全力を尽くす」

という話です。

日本の戦後の国際貢献のアピールと、将来も貢献を続ける、という誓いです。

耳の痛い国々があるはずです。心に響くかどうかは微妙ですが。

安倍首相は、本日は靖国神社には参拝せず、自身は玉串料の奉納に止め、一部閣僚の参拝は許可しました。

去年の民主党政権では2人の閣僚が参拝しています。そう思うと大差ないかもしれません。いやいや、あの民主党政権で2人も参拝したおかげで今年の閣僚参拝に対する非難が少ないのです。暗黒時代の小さな奇跡でした。

今年の実績のおかげで、来年以降も「玉串料」と「閣僚の参拝」は、出来るのです。

靖国神社の本分は春秋の例大祭です。

今年の春は麻生副総理が参拝しています。

秋はどうでしょう。

安倍首相の参拝が成るかどうか。

逆に、麻生副総理が参拝しなかったら、自分は落胆するでしょう。

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