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2011年5月11日 (水)

無罪は妥当

「市民」目線で書けば不当判決なのでしょう。事件直後の報道は実に一方的でした。時間が経って冷静な判断が出来るようになれば、この判決は妥当と言わざるを得ません。

海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、業務上過失致死罪などに問われた自衛官2人に対し、横浜地裁はいずれも「刑事責任は問えない」と判断した。事故から3年余り。2人が死亡したという事実を意識してか、硬い表情を崩さず前を見つめる2人の被告。傍聴席の遺族は「無罪」の判決に対し、やり場のない怒りをこらえるように目を伏せた。【松倉佑輔、山下俊輔】

当時の報道番組では、緑信号が見えたとか赤信号ならどっちに曲がれとか、自衛艦が海上衝突予防法に違反していたなどと非難していたように記憶しています。

でも実際、

漁船「群」の方が避けないとどうしようもない。

何故って、「あたご」が「清徳丸」を避けたら他の漁船にぶつかるから。

死者が出なければ裁判になどなりようのない事件だったでしょう。

むしろ、軍艦に他の船が容易に接近できたことの方が問題です。

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コメント

乱暴な言い方をすると、くじらが小魚を避けないのと同じですか?


海の交通事故は、陸に比べて複雑な分、世論は弱者に味方したんでしょうね。

陸ならトラックにバイクがひかれたと同じじゃないか!

トラックが悪い!

当時はこういう解釈でしょうか?

投稿: インスリン系MR | 2011年5月11日 (水) 15時49分

 まったくそのとおり。小さい船から大きな船は簡単に発見できるのに、避けもしないでぶつかってるって事は、小型船は全く見張りしてなかったんじゃないかな。夜道で歩行者から大型車は見えるけど、大型車が歩行者を発見しにくいのと同じで、危険を察した歩行者が自分で身を守るのが当然。戦後の謝罪教育が蔓延してるんで、何でも大きい組織に謝罪させようとする風潮があるんだとおもうよ。

投稿: 謝罪社会反対 | 2011年5月11日 (水) 16時55分

コメントありがとうございます。

>インスリン系MR 様
当時の「マスコミ」は、自衛隊は日本国民の敵という位に報道していました。
世論がそれに乗ったかどうかは良く覚えていません。
大震災により自衛隊の有り難みが国民に知れ渡ったのは何とも皮肉です。

>謝罪社会反対 様
この国の大きい組織が、どれだけ我々を守っているのか(問題が無いとは言いませんが)。これを意識せずに訴えてばかりではこの国が滅んでしまいますね。

投稿: プー | 2011年5月11日 (水) 18時13分

同種事故の再発防止のためにも無罪判決は意義のあるものだと思います。傍若無人で横一杯に広がって我先に漁場に向け航行する漁船は海の暴走族のようなものです。やはり、海上衝突予防法を守り、秩序正しく行動することが事故防止につながるのです。二人の尊い命が失われましたが、漁に出る者に警鐘を鳴らしてくれた事故の一つだと思います。でも、そんな実情を知りながら、罪を自衛隊の二人に着せようとした海上保安官は、事を早く済ませようとする役人気質が出ているように感じます。

投稿: 正義は勝つ | 2011年5月11日 (水) 20時48分

コメントありがとうございます。

「後ろから撃たれた」格好となった両被告が気の毒です。復職して今回の事例を今後に生かして欲しいです。

投稿: プー | 2011年5月11日 (水) 20時59分

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