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2010年9月13日 (月)

「救命」できれば済む問題ではない

検察側医師と弁護側医師の意見の対立は、裁判は真実を追究する場ではないということを如実に表していますね。まあ、報道された話が真実であれば、結果はともかく救護義務を怠った押尾被告に同情の余地は無いと思いますが。

押尾被告裁判で(弁護側)医師証言「救命可能性低かった」

押尾学被告:「9割以上救命できた」 (検察側)救急医2人が証言

(弁護側)

医師は証言の中で、救命可能性の客観的な指標としてMDMAの血中濃度を挙げ、田中さんの血中濃度は、致死量の2倍以上だったと指摘。この医師が過去に診た患者のケースでも、「田中さんと同じ濃度で救命できたケースはなかった」とし、田中さんが病院に搬送された場合でも、「救命可能性は30~40%」と述べた。

(検察側)

亡くなった田中香織さん(当時30歳)は、09年8月2日午後5時50分ごろ容体が急変した。昭和大医学部(東京都品川区)の教授は、目を見開くなどの症状が出た同6時20分ごろに救急隊が接触すれば「約9割は助けることはできた」と証言。病院内で心肺停止の一歩前になった場合は「被害者は若く、100%近い確率で救命できた」と述べた。

どちらの側も、自分が有利になるように証言する必要があります。

自分としては、弁護側の意見に近いですが、もう一つの問題として、

「社会復帰の可能性は?」

も、大事なはずなのですが、このような場ではあまり議論されません。

・心肺停止から蘇生しても脳などに後遺症が残るのではないか?

・MDMA乱用による身体・精神の障害は?

ということを考えれば、

救命出来れば元のように元気になる、と思うのは間違いだ。

ということが分かるでしょう。

むしろ、心身を病んだ状態で生き延びてしまうことの方が悲惨なのです。

自分としては、「田中さん」がMDMAを乱用するようになった原因の方こそ追究すべき(「追及」じゃないですよ)と思うのですが、裁判の場ではそれよりも「救命可能性」についてばかり議論されており、物事の本質、事象の上流にあるものが無視されていることに不満を覚えます。

裁判の関係者にとっては興味のないこと、というか、お互いに触れられたくないことなのかも知れません。

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