« 社民党のコペルニクス的転回の裏側 | トップページ | 血税がどんどん外国へ! 地獄の子ども手当 »

2010年3月15日 (月)

「献体」について考えてみて

最近、「献体」が増えているとのことです。

献体というのは、自分の死後の遺体を医学教育の解剖実習に提供することです。

自分も学生時代は解剖実習でお世話になりました。

まあ、気持ちは複雑です。

我々医師からすれば、解剖実習は医学生の権利にして義務。非常に辛い実習の日々でしたが、大変勉強になりました。

ただ一部にご遺体を冒涜する言動が無かったと言えば嘘になります。自分は当時としても真摯に取り組んだつもりでしたが

今にして思えば大変申し訳ないことですが、医学生と言っても二十歳前後の若者にありがちな生命を軽んじる傾向はあったでしょう。

長じて「生の」患者さんに実際に相対するようになり、生命の重さを理解しました。まして無償で自分の体を提供して下さった方々にはいくら感謝しても仕切れるものではありません。

一方で献体される方々の方としてはどうか。

普通に考えたら死後に自分の体が学生の練習台として切り刻まれることに抵抗感はあります。

昨今の権利意識の増大の世相においては、献体される方が減少してもおかしくないのに、と思います。実際、自分の学生の時の解剖実習は献体一人に学生2人で解剖していましたが、自分の1学年下は4人で解剖していました。

記事の本文にもコメントにもありますが、遺族としては、「遺体のない葬式なんて」「母が切り刻まれるのは耐えられない」等々、拒否するに十分な理由もあります。

それだけの話だと、献体はどんどん減少していき、医学教育に支障を来すほどになってもおかしくないものですが。記事の冒頭に、

家族関係や死生観の変化からか、

というのがミソなのでしょうか。

案外、身寄りのない方達が、自分の懐も痛めずに人生の終末期を病院で過ごし、最後のお礼にでも、という気持ちで献体の意思表示をされているのかもしれません。

医療制度としてどうなのかとも思う一方で、そういう人達によって医学教育の大事な部分が支えられているとしたら、それはそれで仕方ないのかな、とも思うわけです。

本当はもっと「厚意」によらずに持続可能なシステムが必要なのでしょうね。

駄文にて申し訳ありません。

ともかく感謝の意だけは表しておきます。

Banner_03_2 よろしかったら応援クリックお願いします。

|

« 社民党のコペルニクス的転回の裏側 | トップページ | 血税がどんどん外国へ! 地獄の子ども手当 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/420968/33782864

この記事へのトラックバック一覧です: 「献体」について考えてみて:

« 社民党のコペルニクス的転回の裏側 | トップページ | 血税がどんどん外国へ! 地獄の子ども手当 »